夏の終わりに君が死ねば完璧だったから 感想
- 2019/08/29
- 22:43
2019年に読んだ作品で一番衝撃受けた作品
とんでもないタイトルの作品を夏の終わりに読む立ち回り。友達にこんな事言われたらうっかりほんとに死んでしまいそう。まず友達いないけど。
著者/ 斜線堂有紀 イラスト/くっか
奇病でヒロイン(弥子)の死が最初から確定している作品。でも他の奇病の作品と違うのがヒロインの死に金銭的価値が生じる点。
金銭的価値があるから好きなんじゃない。純粋なに弥子さんが好きだから、だから愛を証明しなくちゃならない。
とんでもないタイトルの作品を夏の終わりに読む立ち回り。友達にこんな事言われたらうっかりほんとに死んでしまいそう。まず友達いないけど。
著者/ 斜線堂有紀 イラスト/くっか
奇病でヒロイン(弥子)の死が最初から確定している作品。でも他の奇病の作品と違うのがヒロインの死に金銭的価値が生じる点。
金銭的価値があるから好きなんじゃない。純粋なに弥子さんが好きだから、だから愛を証明しなくちゃならない。
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いや〜主人公(江都)の境遇がかなり重い…具体的に言うと79Kgぐらいある。きっと1人の人間じゃ持ち上げられない。母親はずっと頭おかしくて義父は働かないとか俺ならとりあえずヘッドスピン始めるね。
何が辛いって江都が中学生3年生で弥子は大学生の話なのに出てくる大人が壊れた奴しかいない。ユーモアに富んだ頭のおかしい奴じゃなくてどいつもお金に狂わされた頭のおかしい奴ら。希望も良心も一切ない。唯一の良心はサナトリウム。
どうも登場人物の死が約束されている物語は暗く見えててしまう。どんなに幸せそうなシーンですら刹那的なものでしかなくて背後には死がちらついて見える。別に永遠の幸福が全ての理想って訳じゃないとは思うんだけど。
ただ、終わりが見えているものはどうしたって悲しく感じてしまう性。我ながら傲慢だと思う。
素直に終わりを受け入れた2人は幸せだったんだろうか。
とりあえず今を精一杯という奴。死んじゃうんだから幸せな訳がない。でも、チェッカーをしている2人はそれだけで凄く幸せそうだった。
心から好きなのに3億円に邪魔される江都。
自分が死ねば江都を3億円が江都に渡って幸せに出来ると信じる弥子。
ほんとにやるせない。
他者に理解されずそれどころか誤解されていても自分だけが真実を理解してるとしたらそこに価値はあるのだろうか。自分から見ている世界と外から見えている世界のどっちを重要視しているかで変わると思うけど。
自分はパルシェン並に殻に籠っているし、なんなら、普段から「俺だけが俺をきちんと理解しているんだ…」みたいな意味不明な鼓舞を日常的に行っているので第三者目線の世界は勿論捨てている。
ただ、それでもきっと好きな人にだけは理解されていたいと思うのかもしれない。知らんけど。
理解されたいならば愛を証明しなければならない。どうすれば自分の愛を理解して貰えるのか。傍にいればいいのか。手紙を書けばいいのか。財産を与えればいいのか。一緒に永遠になればいいのか。今回の場合は最初から金銭的価値が生じるのが確定しちゃってるから困る。
別にお金持ちだから好きになるってパターンは全然良いと思う。問題は好きになった人がお金持ちのパターンなんですよ。
どうやって伝えれば伝わるのか全くわからない。無理だよ感情を証明出来ない。
きっと口にすればするほど胡散臭くなるし態度に示そうとしても同じだし。「疑り」の前では感情の証明ってほんとに不可能なんじゃないの?
例えばファッション通販サイトの社長と女優が付き合ったとしてそこに「付き合っているのはお金持ちかどうかは関係ない」って言われても絶対に信じられない。どんなに丁寧に説明されても仮に2人が最期まで添い遂げたとしてもどこかで勘ぐるに決まっている。
好きという感情にお金がこんなに邪魔になるとか考えたこともなかった。愛と平和の為に世界中のお金を俺が預かるよ…
今の人間の生活においてお金が重要過ぎるんだな、当たり前だけど。原始共産制なんてまっぴらごめんだが、愛とか感情の前では「お金」という存在がパワーを持ち過ぎている。
性格が良いから好き。
趣味が合うから好き。
顔がタイプだから好き。
お金を沢山持ってるから好き。
どれも個人を構成するパーツを好きになっているのに何故お金だけは俗物的に見えてしまうんだろう。唯一性が低いから?
俺にはわからんわ…心理学と哲学を研究しないと無理だ。完全に脳のキャパシティを超えている。今の自分じゃ誰にも脅かされない証明は見つからない。
ほんとにパンチのある作品だった。街中歩いてたら後ろから知らない人に殴られるくらいのインパクトはある。
人生において自死とか本当に理解できないけど心中という選択肢がどういうものなのかちょっと解釈した。
「自分が傍にいるのはただ、あなたが好きだから」こんな事すら証明出来ないなんて思わなかった。
何が辛いって江都が中学生3年生で弥子は大学生の話なのに出てくる大人が壊れた奴しかいない。ユーモアに富んだ頭のおかしい奴じゃなくてどいつもお金に狂わされた頭のおかしい奴ら。希望も良心も一切ない。唯一の良心はサナトリウム。
どうも登場人物の死が約束されている物語は暗く見えててしまう。どんなに幸せそうなシーンですら刹那的なものでしかなくて背後には死がちらついて見える。別に永遠の幸福が全ての理想って訳じゃないとは思うんだけど。
ただ、終わりが見えているものはどうしたって悲しく感じてしまう性。我ながら傲慢だと思う。
素直に終わりを受け入れた2人は幸せだったんだろうか。
とりあえず今を精一杯という奴。死んじゃうんだから幸せな訳がない。でも、チェッカーをしている2人はそれだけで凄く幸せそうだった。
心から好きなのに3億円に邪魔される江都。
自分が死ねば江都を3億円が江都に渡って幸せに出来ると信じる弥子。
ほんとにやるせない。
他者に理解されずそれどころか誤解されていても自分だけが真実を理解してるとしたらそこに価値はあるのだろうか。自分から見ている世界と外から見えている世界のどっちを重要視しているかで変わると思うけど。
自分はパルシェン並に殻に籠っているし、なんなら、普段から「俺だけが俺をきちんと理解しているんだ…」みたいな意味不明な鼓舞を日常的に行っているので第三者目線の世界は勿論捨てている。
ただ、それでもきっと好きな人にだけは理解されていたいと思うのかもしれない。知らんけど。
理解されたいならば愛を証明しなければならない。どうすれば自分の愛を理解して貰えるのか。傍にいればいいのか。手紙を書けばいいのか。財産を与えればいいのか。一緒に永遠になればいいのか。今回の場合は最初から金銭的価値が生じるのが確定しちゃってるから困る。
別にお金持ちだから好きになるってパターンは全然良いと思う。問題は好きになった人がお金持ちのパターンなんですよ。
どうやって伝えれば伝わるのか全くわからない。無理だよ感情を証明出来ない。
きっと口にすればするほど胡散臭くなるし態度に示そうとしても同じだし。「疑り」の前では感情の証明ってほんとに不可能なんじゃないの?
例えばファッション通販サイトの社長と女優が付き合ったとしてそこに「付き合っているのはお金持ちかどうかは関係ない」って言われても絶対に信じられない。どんなに丁寧に説明されても仮に2人が最期まで添い遂げたとしてもどこかで勘ぐるに決まっている。
好きという感情にお金がこんなに邪魔になるとか考えたこともなかった。愛と平和の為に世界中のお金を俺が預かるよ…
今の人間の生活においてお金が重要過ぎるんだな、当たり前だけど。原始共産制なんてまっぴらごめんだが、愛とか感情の前では「お金」という存在がパワーを持ち過ぎている。
性格が良いから好き。
趣味が合うから好き。
顔がタイプだから好き。
お金を沢山持ってるから好き。
どれも個人を構成するパーツを好きになっているのに何故お金だけは俗物的に見えてしまうんだろう。唯一性が低いから?
俺にはわからんわ…心理学と哲学を研究しないと無理だ。完全に脳のキャパシティを超えている。今の自分じゃ誰にも脅かされない証明は見つからない。
ほんとにパンチのある作品だった。街中歩いてたら後ろから知らない人に殴られるくらいのインパクトはある。
人生において自死とか本当に理解できないけど心中という選択肢がどういうものなのかちょっと解釈した。
「自分が傍にいるのはただ、あなたが好きだから」こんな事すら証明出来ないなんて思わなかった。